年中行事


除夜の鐘

12月31日の恒例行事「除夜の鐘」。
一年の最後を締めくくる「大晦日」は、古きを捨て新なる物に移る日という意味で「除日(じょじつ)」と言われます。
心中にある煩悩を祓うため、梵鐘(ぼんしょう)を108回打ち鳴らします。煩悩の数だけ梵鐘つき、煩悩を追い払います。

その起源は、中国の寺院と言われています。宋の時代に入ってから大晦日に打つようになった様です。鎌倉末期に中国から伝来し、各地の寺院に伝わったと言われています。江戸時代には現在のように多くの寺院で打たれるようになりました。


春分の日・彼岸会法要・十三参り

春分の日・彼岸会法要

お彼岸は春と秋の年2回やってきます。春分の日を中心に前後3日間づつ、1週間にわたって行われるのが春のお彼岸です。

彼岸とは、正しくは到彼岸(とうひがん)といい、梵語(ぼんご)のパーラミター(波羅蜜:はらみつ)の訳語です。彼岸は三途の川の向こう岸、悟りの世界を意味し、此岸(しがん)はこちらの岸、迷いの世界を意味します。到彼岸とは、迷いの世界である此岸と彼岸を分かつ川を渡って悟りの世界に到達する願いをこめた言葉です。此岸から彼岸へと川を渡る舟にたとえられるものが六波羅蜜行(ろっぱらみつぎょう)で、
①布施(ふせ)、②持戒(じかい)、③忍辱(にんにく)、④精進(しょうじん)、⑤禅定(ぜんじょう)、⑥智慧(ちえ)の6つ実践することを言います。これは自分自身だけでなく、多くの人と共に悟りを求め、充実した生活を送ることを願ったものです。ですから、本来は日常生活の中にこそ、彼岸を求める行為が大切となります。しかし、日々の生活に追われていると、大事なことと思いつつも、ついおろそかになりがちです。だからこそ、せめてお彼岸のあいだは、腰を据え、しっかりと考える時間を持ち、心安らかな彼岸を求めましょう。
彼岸会法要はこういった考え方をもとに行う法要で、彼岸を求める行いのひとつであるご先祖さまのご供養をします。

当山では春は春分の日に、秋は秋分の日に彼岸会法要を厳修(ごんしゅう)しています。ぜひご供養の心を形に表すためにも塔婆を建立し、ご本尊虚空蔵菩薩の徳にあずかっていただきたいと思います。

十三まいり

多福院のご本尊虚空蔵菩薩は、智恵・福徳の仏様として地域の人々に親しまれています。
平安時代のはじめ、幼くして帝位についた清和天皇が数え年十三歳になった折、成人の証として勅願法要を催したのを端緒として、成人儀礼として十三まいりが行われるようになりました。
現在も十三歳は人生の大きな節目とされ、十三まいりは智恵を授けていただき、立派な大人になり、幸福な人生を送ることができるよう祈願する重要な通過儀礼です。
古来お写経を奉納するのがもっとも丁重な参拝方法とされていたのに習い、十三まいりをお受けいただく皆様にも漢字一字をお書きいただき、一字写経として虚空蔵様に奉納していただきます。
お書きいただきました文字をご本人のお身代わりとして毎朝ご祈願申し上げます。

十三まいり祈願法要日時
春分の日:午前10:00~11:00 午後2:00~3:00

※ご希望の方は1週間くらい前までにお申し込みください。


こどもの日・花まつり

花まつりとは、お釈迦さまの誕生日を祝う行事です。花まつりでは、花御堂(はなみどう)を飾り、右手で天を指し左手で地を指している誕生仏のお釈迦様に、甘茶をそそいでお祝いをします。お釈迦さまは、およそ2500年前、インドの北部・ヒマラヤの麓(現在のネパール)で、カピラ城の城主「浄飯王(じょうぼんおう)」とその妃「摩耶夫人(まやぶにん)」との王子としてお生まれになりました。伝説では、摩耶夫人が胎内に白い象が入る夢をみて身ごもったといわれています。御生誕の場所はルンビニーという花園で、時はまさに美しい花が咲き香っている季節でした。

王子が誕生すると天より甘露(かんろ)の雨が降り注ぎ、王子の体を清めました。すると王子はすぐに立ち上がり、七歩あゆまれ『天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)』といわれたそうです。甘露の雨は神々の祝福であり、七歩あゆんだことは六道、すなわち地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という輪廻(りんね)の世界を超えたことを意味します。また、『天上天下唯我独尊』とは、人間性の尊厳をいいあらわしたものです。

花まつりで飾る仏具は、こうしたお釈迦さまのご誕生の様子を再現するものです。誕生仏生まれてすぐ歩まれたお姿を、そして、花御堂はルンビニーの花園を、甘茶は甘露の雨をあらわし、白い象は尊い人の乗り物をあらわしています。こうした様子をたどることで、お釈迦さまによる広大な恩恵に感謝し、そのご誕生をたたえます。

当山では、お釈迦さまのご誕生の際と同様、春の花が香る中、こどもの日に当たる5月5日午前11時より毎年本堂にて法要を勤修します。 

檀信徒の皆様をはじめ、一般の方も参加できますので、ご一緒に誕生仏に甘茶をそそいで、お釈迦さまのご誕生をお祝いしてください。 年度によっては音楽会を開催するなど、各種イベントと同時開催することもありますので、当山までご確認ください。


お盆供養(7月13日~15日)

昔からお盆は、日本人が大切にしてきな行事です。お盆にはご先祖様の御霊が慣れ親しんだ家族のもとに帰ってきます。この時期に実家に戻り、家族みんなでご先祖さまとひと時を過ごされる方も多いでしょう。ご先祖様とともに過ごす時間は、私たちに家族のつながりや他者を思いやる気持ちを育んでくれる大切な時間です。

各御家庭では精霊棚を準備して、夕方に家の前もしくは菩提寺などにお墓参りをして迎え火を焚きます。お盆中はご先祖様を精進料理などのさまざまな食事でもてなします。僧侶が各家をまわり、棚経をすることも珍しくありません。当山ではご希望をいただきましたら、棚経を行わせていただきます。また、当山の本堂にて合同盆供養を勤修していますので、日時をご確認の上、是非ご参加ください。


お盆供養(8月13日~15日、16日)

昔からお盆は、日本人が大切にしてきな行事です。お盆にはご先祖様の御霊が慣れ親しんだ家族のもとに帰ってきます。この時期に実家に戻り、家族みんなでご先祖さまとひと時を過ごされる方も多いでしょう。ご先祖様とともに過ごす時間は、私たちに家族のつながりや他者を思いやる気持ちを育んでくれる大切な時間です。

各御家庭では精霊棚を準備して、夕方に家の前もしくは菩提寺などにお墓参りをして迎え火を焚きます。お盆中はご先祖様を精進料理などのさまざまな食事でもてなします。僧侶が各家をまわり、棚経をすることも珍しくありません。当山ではご希望をいただきましたら、棚経を行わせていただきます。また、当山の本堂にて合同盆供養を勤修していますので、日時をご確認の上、是非ご参加ください。


お施餓鬼(8月19日10:00~10:30法話 11:00~12:00法要)

お施餓鬼は「餓鬼」に「施す」と書きます。いたずらばかりする子を悪がき(餓鬼)といったりしますが、本来餓鬼とは飢えと渇きに苦しむ世界(餓鬼道)にいる鬼のことをさします。
餓鬼は弱々しく悪さを働くほどの力はありませんが、時として私たちに忠告しにやってきて、「私は強欲でケチだった報いで餓鬼になり、今は食べ物にもありつけない。悪ふざけばかりして遊んでいたので着るもののもなく裸だ。あなたもこのまま強欲な行いばかりしていると餓鬼道に落ちてしまうぞ!」などというのです。
ではなぜお施餓鬼ではみんなで集まって餓鬼に施しをするのでしょうか。
お釈迦様の十大弟子の一人の阿難尊者はある日、「貪りの心が消えないお前は餓鬼道に堕ちるだろう!」餓鬼に忠告されてしまいます。驚いた阿難尊者はお釈迦様に相談すると、「この真言陀羅尼を唱えて食べ物を餓鬼に施せばたくさんの餓鬼がよい世界に生まれ変わり、その功徳でお前も救われるだろう!」とおっしゃり、お釈迦様より供養の方法を教わります。この教えのとおり阿難尊者が餓鬼を供養したのがお施餓鬼の始まりです。

当山では毎年多くの僧侶・檀信徒が集い、大施餓鬼会法要を勤修しております。そして、すべてのいのちに目を向け、手を合わせることの大切さ学び、ご先祖様の供養も行います。


秋分の日・彼岸会法要

お彼岸は春分の日と秋分の日、その前後3日間を差します。お彼岸の初日を「彼岸の入り」といい、最終日を「彼岸の明け」といいます。
仏教で「彼岸」とは対岸に渡るという意味です。迷いのこの世(此岸(しがん))から、川向こうの悟りの世界に渡るために教えを守り、行いを慎むのが本来の彼岸の意味です。


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